舞台「純血の女王」

2019/12/21マチネ・ソワレ共 ILLUMINUS「純血の女王」(六行会ホール)
「赤の女王」「楽園の女王」と続く「女王ステ」三部作の三作目。
「赤の女王」は16世紀末のバートリ伯爵夫人、「楽園の女王」 は17世紀前半のバタヴィア号事件を下敷きにしていたが、今回は17世紀後半オーストリアで実際にあった魔女裁判「花の魔女」事件がベース。

百年に一度の「祝祭の日」を控えたオーストリアの古城リーガースブルクにいるのは女城主ガラリンと従者たち、そして厳しく育てられている双子の姉妹シエナとカタリーナ。
その城に旅の宿を求めて訪れるは、貴族エリザベートと従者アメリア。
城下町フェルトバッハのパン屋の新入りナターリエによる流言でカタリーナは魔女裁判に掛けられ、そこから全てが狂っていく。
この、拷問の責めに耐えかねて無実のカタリーナがついに「他の魔女」の名を挙げるシーンが圧巻。 (ここで「なぜその人の名を挙げたのか」はバーバラ役の錦織めぐみさんのブログで深い考察をしている )

このシリーズ、基本的に誰も幸せにならないのだが(そもそも終幕時まで生きてる人が極少)、それでも作品としては楽しく、それが今回は特に極めつけ。登場人物全員がしっかりその人物として立ち、それを演出や照明や音楽や振り付けがちゃんと見せているのが大きいのだと思う。

特にエリザベートとアメリアの主従は完全に存在が確立していて、シリアスなシーンも美しい殺陣も笑えるアドリブも「この二人ならこうする」という軸があるから自由自在。三作の間に二人での役作りが相当深化した様子。
エリザベートの「死のワルツ」、悪魔との契約シーンのダンスなど、初見でも惹かれ、シリーズを見てきた人にはご褒美なシーンも多く、今回で完結する可能性が高いだけに出し惜しみしていない感じ。
それにしても、前回はアン・グレンダと、今回はガラリン・ロベルタとの主従タッグマッチであらわになる格上感よ。

死神マリアは前作に引き続いての登場だが、カトリックのシスターに擬態していた前回と異なり最初から死神なのでだいぶ人間離れしたクールな出で立ちに。とはいえ死神のくせに人間に情が深いのは相変わらずか。
相変わらずといえば悪魔フランツィスカの悪魔っぷりも一貫していて、しれっと市民に混じって流言を増幅するあたりは、むしろネットのある現代の方が活躍する気がする。

今回独自の登場人物も、女城主ガラリンとその側近ロベルタ・ニキ・バーバラ・バネッサ・サンドラ、街のマーゴット町長・エミール・ナターリエとみなそれぞれの人物として存在している。錦織さんはたまたま初舞台も見てるけど一年半で上手くなったなあ。
そしてこのシリーズならではの「サーヴァント」と呼ばれるアンサンブルたち。「楽園」ではゾンビの動きなど体を張るシーンが多かったが、今回は市民や異端審問官として演技パートでも多く活躍。

そして、語られない部分への考察が捗るのも前作同様。
訪問者や魔女狩りがなかった場合、ガラリンの継承者にならなかった姉妹の片割れはどうなるはずだったのか、ナターリエは元々どこまで目論んでいたのか(城の情報入手とできるなら政情不安拡大、程度かな?)、側近ロベルタは何代前から仕えていたのか(しかも前説を考えるに、彼女だけは現代まで生き延びてるんだよね)、エリザベートとアメリア主従の「楽園」以降の語られない数十年とこの物語以降の道行きは、と考えたい余白がいくらでもでてくる。
あと、「楽園」ではアン王女が悪魔召喚のための百人殺しを敢行してしかもわずかに未達で失敗してたのに、カタリーナの時はあっさり成功してるのはどういう契約条件の違いなんだろう、とか。

ツッコミどころ。前作では17世紀になんの説明もなく「ゾンビ」という単語が通じたが、今回はパン屋の紙袋。あの時代にはたぶん、封筒型はあってもマチのあるタイプの紙袋はまだない(量産方法が発明されたのが19世紀末)。配達するなら多分籠かバッグ類だろうか。袋から刃物を取り出すシーンもそれで成立するよね。

前作同様、今回も長くなってしまった。

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